木下優子
2008年度全国大会
経済産業大臣賞
ロイヤルファンを育てる仕組みを。

木下優子さん慶應義塾大学大学院

受賞プランユーザ参加型商品企画開発
高校を自主退学したり、渋谷のショップ店員を経験してSFCに入学したり、なかなかユニークな経歴だと思います。 子供の頃から起業したいと思っていたんですか。
まったく考えてなかったですね。でも『研究したら実際に生かしてこそ』というSFCの文化に影響は受けました。
研究テーマで、学内プロジェクトとしてビジネスプランを書いた時に、指導教授だった伊藤良二先生に『これ、いけるよ!誰かやらないの?』と言われたことが、起業へのトリガーになってます。最初の事業計画の売り上げなんて、今考えたらすごい甘くて(笑)。成功イメージしか持っていませんでした。
その後、自分自身の未熟さや現実の厳しさを知って、いろいろ悩みながら進んできた感じです。そう言いながら、もうアゲハも5年目に入りましたが
起業する場合、やはり資金調達で苦労される方も多いです。木下さんの場合は?
まず女性が持ちたくなるようなファッション性の高いパソコン(PC)用のバックをつくろうということになって。
プロジェクトを本格的にスタートさせたのが2008年の2月の初め。職人さんや販路開拓、EC(電子商取引)構築などで奔走して、コンセプトから販売開始まで約2カ月でできました。
でも当時、自己資金は200万円ほどしかありませんでした。なのでキャンパスベンチャーグランプリをはじめいくつかのビジネスコンテストに応募したんです。4月にはバックのサンプル制作の支払いが迫っていて、審査発表はほんとにドキドキでしたね。賞金は、本当に有り難かったです。
今、お聞きすると、事業化へのスピード感もコンテストで評価されたんじゃないですか。その後も曲折があったと思います。例えば、ユーザーの声を反映させるといっても、それが販売に直結するとは限りませんよね。
私たちがターゲットにしている若い女性たち(20代-30代前半)は、『この色、ちょっと惜しいよねぇ~』という感じで、購入しないという損失機会が多いんです。だから創業時からのキャッチコピーが、『"おしい"を"ほしい"に。』なんです。
惜しいと思った人からが一番いい意見が出てくると考えていて。でも最初の商品のPC用バックは4月から大学の生協に置いてもらって初月は結構売れて好調なスタートだったんです。
ところが5月に入ると売上も落ち込み、飛び込み営業とかもしましたが、半年間は門前払いばかりで、自信喪失でしたね。
でもある時、大手の家電量販店のバイヤーさんが話して聞いてくれて、商品を置いてくれることになり、それがきっかけで大手小売店さんからもお声がかかるようになりました。
その後、自社のオンラインショップもリニューアルし、今も販売を続けています。
でもアゲハは自社商品の販売を目的とするメーカーではなくて、ユーザーと企業を結ぶ新しいプラットフォーム(PF)、仕組みを作る会社なんです
なるほど。そこでFBを活用したマーケティング支援につながっていくわけですね。ことしの6月はソフトバンクBBさんとの協業で、スマートフォンのアクセサリーを商品化しました。FBをユーザー参加型の商品開発に使うと明確に意識したのはいつですか?
2011年の1月頃ですね。ちょうど映画になったり、雑誌で特集されたり日本でも確実に普及するだろうと。すぐに身内でFB勉強会を立ち上げて、ソーシャルマーケティングに関心のある若い人たち10人ぐらいで週1回会って、情報を共有してました。
そんな中で知り合いのソフトバンクグループの方に私たちの取り組みをしってもらう機会があって。
FBページを開設して、商品企画のプロセスをオープンに投稿していったところ、30万人以上に投稿が届き、3000人以上の人から『いいね!』やコメントを頂きました。
FBは実名性が高く、企業もコミュニティーを作りやすいので、私たちが目指す『ユーザーと企業の協働による価値創造』という方向性と相性がいいと思いました。
PFビジネスは自社で持った方が有利という意見もあります。いずれアゲハのPFを、という考えは?
それはあります。ただ自前でつくると開発コストもかかるので、リソースが限られる中で、どのタイミングでしかけるか常に悩んでいます。FBはガールズに対象を絞っていますが、ユーザーと企業をつなぐノウハウは主婦層や男性にも横展開できるはず。
自社PFの中身については企業秘密です(笑)。本当にユーザーの声から商品やサービスが出来上がっているというケースは、まだあまり多くないと思っているので。
参加しても結局買わない理由はいくつかあって、開発期間が長すぎたとか、ユーザーの関心を盛り上げ続けられなかったとか。
一番難しいのは、ニーズを聞いて肝心な所で間違えてしまうこと。
部分的なものだけを組み合わせてもうまくいかなくて、全体像をいかにとらえて共感性を生み出すかですね
ここで「人間・木下優子」も知りたいので、起業の時から一緒にやってこられた取締役の田中里実さんにも加わってもらいます。田中さんは木下さんとはSFCの同級生でルームシェアまでしていた間柄ですよね。 世界の有力ベンチャーには共同創業者という例もかなりあります。お二人の役割分担みたいなものは?
田中「まず性格がすごく違いますね。これからどうしようという時に、木下は絶対にアグレッシブなことをいいます。私はもっと慎重に行こうよ、という役割」
木下「私、すぐ理想から入っちゃうよね(笑)」
田中「でも私から見て木下の強みは、信じる力。根拠はなくても信念は曲げないし、周りの人も信じさせちゃう。」
経営者は孤独です。どこまで田中さんに悩みとか打ち明けているんですか。漫才コンビでも最初は友達で、仕事になったらプライベートはまったく別々とかよくある話ですが。
木下「結局のところ、悩みも新しいアイデアも全て話してきました。ただ、日常業務の中でネガティブなことを言えない時もあるので、話すタイミングは考えます。オフィスでの経営会議とは別に、シーズンに1回くらい2人で飲みに行って、そもそも論での悩みやアイデア、本当に実現したいことや方向性について、本音で話し合うようにしています。」
田中「大学時代に比べれば確かに遊ぶ時間は減ってますが、会いたくないわけではなくて、もうずっと一緒にいるんで家族のような感覚です」
アゲハをどこまでやり続けるのか、と言ったことをお二人で話されたりするんですか。 起業後の出口戦略として、IPO(新規株式公開)とか未公開のうちに売却という選択肢などもあります。
木下「学生時代には長期的なスパンで考えてなかったですけど、最近は話しますよ。今、2社から出資を受けていて成長志向のベンチャーではあります。私は会社を売ることにそれほどネガティブなイメージは持っていません。もともと社長業をやりたくて起業したわけではないし、事業ミッションが達成できる一番良い形を、その時々に判断すればいいと思っています。でも中途半端な形で抜けるのは無責任ですし、基礎ができるまでは自分たちでハンドリングします」
田中「最初のプランがうまくいかなくて、やめてしまうベンチャーもあります。それを否定するつもりはないんですが、アゲハならではものをやり尽くすまでは自分たちの手で、という思いです。私は商品企画も好きだし、いずれ海外進出もやりたい。いろいろ、可能性も広がっているので」
田中さんを始め、木下さんの周りにはよき理解者や協力者が多い感じがします。 それって起業を成功させる上で、非常に重要なことです。
皆さんに助けられているという感覚はすごくあります。オープンにイノベーションを起こそうというスタンスなので、ノウハウはあまり隠したりしませんし、積極的にウェブ上で情報提供もします。囲い込むより発信しシェアするメリットが大きいと思うので。それで活動を知ってくれて、自然と応援して下さる方が出てくるという感じなのかもしれません。今後もその期待にぜひ応えていきたと思っています